鯖缶NFL三昧

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【コラム】NFLスーパーボウル、ハーフタイムショーに憧れて

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村上龍の「音楽の海岸」という小説に、「俺はモーツァルトが嫌いだ」というようなセリフが出てくる。「あの音楽は完璧だ。あれを聴くと、あんなに美しすぎるものが必要だった人類というものがかわいそうになる。だから嫌いだ」というようなセリフ(※うろ覚えですし、ズレた理解かもしれません)。

 

僕はNFLを見ていると、それに近いことを感じることがある。NFLのエンタメ性のあまりの高さを見ると、そのまぶしさに憧れると同時に、ちょっと怖くなる。こんなに興奮するものが必要なほど、人生とは忘れたいものなのか。あるいは、貧富の差が耐えがたさが、アメリカンドリームの輝きを求めてしまうのか、とか。ちょっと気が遠くなるような寂しさ。


(もちろん、ミーハーにコンテンツを消費しているだけの僕にとっては、その「寂しさ」も、快感や興奮をより強く味わうためのスパイスになってしまうんだけど)


その寂しさが、頂点に達するのがスーパーボウルなんじゃないか。アメリカの、アメリカによる、アメリカのためのアメリカンフットボール。

 

そして、スーパーボウルには、「ハーフタイムショー」がある。「アメリカ最高(だよな、みんな、そうだろ)!!」と確認するために行う儀式としてのスーパーボウルの、「らしさ」というか、「クセ」というか。僕が感じる「寂しさ」が、頂点に達する時間だ。

 

アメリカよ、エンタメに対する執念がエグくないか。試合の途中にライブを挟み込むなんて。アメフトが、スポーツとしてアルティメットなだけでは満足できず、ショーとしても「格の違い」を見せつけようだなんて、強欲すぎる。

 

そんなにも「アメリカが最高」と言い聞かせないと不安なのか。そう思って、鼻の奥がツンとなる。だって、「アメリカ」に「人類」を代入して読み直せば、それは僕のことでもあるからだ。「人類、やるじゃん」とたまには思いたい。そんな願いが僕にもあったのか、と思い出してしまうんである。

 

(2023年、11月。僕の応援してるニューイングランドが低迷していて、過去のハーフタイムショーを見まくりました。このコラムを書いた後に、ランキングをまとめた記事もお読みください↓)

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