鯖缶NFL三昧

NFL(アメフト)ファンの個人ブログです。

【コラム】NFL開幕を前に思うこと

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真剣勝負の世界に憧れる。「全力を尽くさないと倒せない」とか「どうしても倒したいライバル」とか、「力も、技も、知恵も、使えるものは全部使う」とか。

 

濃密な時間を生きる勝負師たちをうらやましいと思って、目が離せなくなる。彼らの努力、根性、執念が報われる瞬間も、勝負の女神に裏切られる瞬間も、最高のカタルシスだ。


NFLのシーズンがもう少しで戻ってくる。マジかよ。NFLは、「真剣勝負度の濃密さ」が大きな魅力だ。レギュラーシーズンわずか16試合。捨てられる試合などない。ポゼッションがはっきりして、ドライブごとのテーマもはっきりする勝負形態。おろそかにしていいプレーなどない(おそらく他のスポーツでもそうなんだろうけど、アメフトはそれが見えやすい)。


真剣勝負、ってなんだろう、みたいなことに昔から興味があった。


将棋の世界には、「米長理論」という言葉がある。これは、米長邦雄という名棋士の理念で、「自分にとっては消化試合だが相手にとって重要な対局であれば、相手を全力で負かす」(ウィキペディアからの引用です)ということらしい。

米長邦雄 - Wikipedia


自分にとっては消化試合で、結果はあまり重要じゃない対局には、全力を尽くしたかどうかだけが残る。だから、そんな対局だからこそ、むしろ、全力を尽くす、というような。武士道っぽくてカッコいい。


でも、なんでこの言葉が度々引用されるかを考えると、ちょっと別のことが見えてくる気がする。「消化試合を真剣に戦うのは難しい」という実感があるから、この考えが印象に残るんじゃないか。あるいは、「相手にだけ昇級や降級がかかった対局なら、わざと負けるのもアリ」「わざと負けるまではやらないまでも、“どんな手を使っても勝つ”というような勝負にこだわった戦い方をするのはちょっと無粋」みたいな考え方も一方ではあるからこそ、米長理論の存在意義がある、というような。


この、米長理論をどう思うか、現役のトップ棋士に聞いた記事が印象に残っている。(将棋世界「イメージと読みの将棋観」。何年の何月号かは覚えてません)


「消化試合だろうと、当然全力を尽くして指す」と答える棋士が続く中、2人の棋士の答えが興味深かった。豊島将之さんは「前後に別の対局があれば、そちらの準備(事前研究)を優先すると思う」という内容のことを答えた。渡辺明さんはさらに具体的に、「秘密兵器的な作戦、研究手があったとしたら、消化試合では使わない。そういう局面には誘導しない」と。


それを読んで、「ああそうか。事前準備を含めて、勝負なんだ」と気づかされた。そう考えると、「真剣勝負」は準備の段階から始まっているのが当然かもしれない。そうか。真剣勝負、と簡単に言うけど、真剣勝負は、いつも成り立つとは限らないんだな。両者にとって同じ重みの勝負かどうか。事前の準備ができる環境にあるか。その勝負に、公平な条件でアクセスできているかどうか。


今年のNFLはどうなるんだろう。「事前に戦術を作り込む→用意した作戦が成功したり失敗したりする→プランB、プランCに切り替えつつ、現場で修正を加える」という勝負の流れが、NFLの醍醐味の1つだ。


素人的な雑な想像で言うと、今季は「事前に戦術を作り込む」というのが例年より難しかったんじゃないかな。キャンプも遅れ、プレシーズンマッチもキャンセルし、シーズン出場辞退の選手たちも出た。しっかり準備できてるんだろうか。


その影響は、僕にはちょっと想像できない。案外例年通りの準備が出来てるのかもしれないし、準備が十分じゃないカードの出し合いでも勝負の面白さは変わらないのかもしれない。どんな勝負が見られるか、楽しみな気持ちがようやく開幕直前に盛り上がってきた。


今年ほど、「真剣勝負が成り立つこと」の難しさを思い知らされることはない。だからこそ、真剣勝負を見ることができたら、それだけで励まされる。NFLよ。想像を超えてくれ。底力を見せてくれ。

 

(考えが散らかっていてすみません。今季はコラムを書きながら、NFLの観戦気分を盛り上げていくつもりです。また書くつもりなのでよろしくお願いします)

 

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(文中に紹介した、「イメージと読みの将棋観」の単行本のリンクを貼っておきます。雑誌の連載で、いくつか巻が出ているようです。僕が紹介した回が、どの巻に収録されているかはちょっと分かりません、ごめんなさい↓)